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【第17話:ぬるくなったコーヒー】



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妙子さんが、真くんを車に乗せて運転している。

真くんは相談者さんの自宅での鑑定を頼まれ、移動している最中だった。

 

「ごめんね、妙子さん。今日は少し道中にも集中しておきたくて。」

 

「いいけど、珍しいよね。普段は自分で移動しているのに。

もうなにか見えてるの?」

 

「うーん、なんだかね。変な感じだ。

年配のお母さん、なのかな。誰かの。顔が見えるんだけど、言っていることの意味がわからない。青年と一緒にいるみたいだ。

来ちゃいけないとかなんとか、でも今日の予約が危ない感じはしない。」

 

真くんは沈黙して窓の外見たり、目をつぶって頬杖をついたりしていた。

 

「はい、ついたわよ。いってらっしゃい。」

 

妙子さんがそういうと、真くんはまだ靄がかかったような表情でお礼言い、相談者さんの自宅へ入っていった。

 

***

 

「おかえり。どうだった?」

 

「うーん、相談自体はね、特に問題なかったんだけど。さっきの年配のお母さん、あれは関係なかったのかな。この家の人たちはみんなまだ元気だった。親戚の話をしているときも、特に強いメッセージは感じなかったんだよね。」

 

今日は珍しくはずれたかな、と妙子さんは冗談ぽく笑いながら帰り道を運転していた。

妙子さんは、帰り道にガソリンを入れると言い、少し遠回りのガソリンスタンドに立ち寄った。

普段はあまり使わないスタンドだった。

 

「ね、寄っていかない?コーヒー。」

 

「ああ、いいよ。」

妙子さんはガソリンスタンドの近くにお気に入りのコーヒーショップがあるのを見つけ、せっかくUターンしたんだからと言い、持ち帰りのコーヒーを買うことにした。

 

車から出たところで、真くんは足を止めた。

「ごめん、妙子さん。先に行ってて。ちょっと気になる事があるから。」

 

「ああ、うん。わかった。あとで来てね。」

妙子さんは、真くんを置いて店に入っていった。

 

***

 

「あの、すみません。」

真くんはコーヒーショップの駐車場で一人たたずむ中年の女性を目にして話しかけた。

 

「…え?なんですか?」

 

「あ、あの。突然こんなこと言って、おかしいと思われると思うんですけど。」

 

「は、はあ…。」

 

「もしかして、その、ご家族の中に若くして亡くなった方、いらっしゃいませんか。男性の方で…。」

 

「え…?」

「20歳になったかならないかくらいの若い男性です。その方からあなたに…なんというか、その。」

 

「私の、息子です。去年なくなりました、20歳の誕生日の前でしたね。どうしてそれを。」

 

「えっと、信じてもらわなくてもいいんですけど、その、男性が今日、年配の女性の方と見えて、心配そうにしておられるのが見えたので…。」

さっき見えた年配の女性と青年は、この人の家族だと直感的に思った。

 

「そう、あの子が。」

 

「え、ええ。それで。来ちゃいけないと。」

 

「・・・・。そう、ですか。来ちゃいけないと?あの子が?」

 

「ええ、青年と年配の女性がです。」

 

真くんの目の前の女性は静かに涙をこぼし始めた。

 

「私、去年、息子を亡くして…。息子は私の生きがいだったんです。

私の人生ほんとにつらいことも多くて、だけどあの子が私の光で。でも、なくなってしまって。私、もうあの子に早く会いたいって、それしかなくて。」

 

目の前の女性はところどころ言葉を詰まらせながら事情を説明した。

 

「そう、でしたか。辛かったでしょうね。」

 

「なんだか、私の人生って本当に。仕事をしても労働問題、家庭でも浮気されて離婚、大事な息子ももういない。もうこの世に大切なものなんてないし、思い残すこともないしね。それでちょっと、色々考えてしまって。でも、あなたなんだか、なくなった息子に似ている気がするわ。久しぶりに息子にあったような感じがする。」

女性は少し涙を拭いて笑顔で答えた。

 

「その息子さんが、まだ来るなと。そして、あなたの家系の方でしょう、年配の女性が一緒になって守っておられます。その方も、まだ、と。」

 

「そう、でしたか。それは母親かな。ははは、見られちゃったわねー。そうか、母も息子も、まだと。」

 

「そうですね、僕にはそう伝わりました。」

 

「ごめんなさいね。こんな、知らない子の前でこんな話。」

女性の表情は、幾分か和らいで見えた。

 

「いえ、僕が、あなたのプライベートに踏み込んだ話をしてしまったので…。」

 

「ありがとう、なんだか久しぶりに息子に会えたような気がして心が軽くなったわ。

まだ、いかせてはもらえないってことね。」

 

「そう、みたいですね。」

「それと…。これはただの通りすがりの僕が言っている夢物語と思って聞いていただいていいんですけど。

あなたの人生ですけれど、波乱はどうやらこれからも多そうです。

それだけ学ぶべきものをたくさんもって生まれてきたということでしょうね。

 

ですがあなたのご家族や息子さんはあなたを応援していますよ。一緒になって守ってくれています。あなたの息子さんも、あなたを通して、自分が経験できなかったことを経験したり、この世界を一緒に見ることが出来ればと。

ですから、今は辛いでしょうが、あなたはこれから多少の波乱があっても、うろたえずに生きていく度量というか、覚悟も必要なようです。

それが息子さんの望みでもあるようなので。

すみません、僕が思っているわけではないんですけど、そう伝わってきたので…。」

 

「いいのよ、ありがとう。ちょっと希望が出たわ。」

女性はにこっと笑顔を見せて答えた。

 

「実はね、私、いろいろなことがあったでしょう。会社でもいろんな問題に直面して。

色々と考えることもあってね。それで自分で起業して会社をおこそうって思っていた矢先の息子のことだったのね。もうこの人生に希望なんかないと思って、毎日死んだように生活して。だけど、今回のことで目が覚めたわ。どのみちまだいけないなら、この仕事、少し遅れちゃったけどまた挑戦してみようかしら。」

 

「ぜひ、そうしてください。息子さんと一緒に起業するような気持ちで向き合えば、彼も喜びますよ。

それから、これまでにあなたに起こった出来事、なんですけど。その経験がなければうまくいかない起業となるようです。

この起業のためにこれまでの人生の経験が必須になっているんですよね。

 

あなたがこれまで経験したことというのは、問題の側からあなたを頼って認識し解決してもらいに、会いに来たようなものなんです。

あなたはそれを見て、感じたことがあったでしょう。次はその問題に取り組むこととなりそうですよ。

つまり、社会的な問題に対しても取り組みの幅がある事業になりそうです。しかしこれまでの体験がなければ、社会で起こっている問題や人の気持ちを汲み取れずに、うまくいかない起業となるようです。大きい事業になりますよ。」

 

***

 

真くんは妙子さんの待つ車に戻って、コーヒーを受け取った。

 

「また、女の人を泣かせて。」

妙子さんは冗談っぽく、笑っている。

話の内容を詮索しないように、会話をそらせようとしたようだ。

 

「朝、いってた人。さっきの人の親戚だった。」

 

「ああ、そうだったの。」

 

「うん、息子さんとお母さんかな。起業したいとか、言ってた。」

 

「そう、うまくいくといいわね。」

 

真くんは、すっかりぬるくなったコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた。

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