香苗は仕事が休みで、ロッジに遊びに来ていた。
ロッジには真くんと香苗の二人きりだった。
真くんの携帯が鳴る。
「はい、ああ、大丈夫ですよ。今からでも。」
飛び込みのお客さんだろうか。真くんがせわしなく準備を始める。
カラン、コロン、カラン…
しばらくして入ってきたのは妙子さんと同じくらいの年の眼鏡をかけた男性だった。
「どうぞ、この席へ」
「ああ、悪いね。教え子にこんなこと頼むなんてね。」
(教え子…?昔の学校の先生かな…?)
真くんは眼鏡の男性をソファに座らせると、慣れた手つきで「じゃ、いきますよ。」と背中から首にかけてをさすり始めた。
眼鏡の男性は自分の肩をパンパンとたたきながら、口から細く遠く息を吐いている。
数回息を吐いた次の瞬間、男性は「ううぇっ…ううっ…」とえづいていた。
ひとしきり一連の動作を繰り返した後、真くんはパンパンと手を鳴らし、屋根との間の空間をきょろきょろと見上げた。
同時に眼鏡の男性の表情が和らぎ、さっきまでとは別人のようにすっきりとした顔でソファに座っていた。
「大丈夫ですか?林さん。」
「ああ、悪かったな。なかなか自分ではうまくいかなくてね。しつこいもんだよ。」
…あ、あのう…。さっきのは…。
「あ、ああ、悪かったね、怖がらせただろう。お茶でも入れようか。」
「林さん、いいよ俺やるから。」
「そうか。」
…この眼鏡の人、林さんっていうのか。
「あのう…。さっきのは…。」
「ああ、あれはね、エネルギーバンパイアだよ。」
「え、エネルギー?…なに?」
「エナジーバンパイアのことだ。
僕たちは日ごろ、いろんな人の相談にのったりカウンセリングをして、それで生活しているんだけどね。中にはいくら励まして応援しても、その火を自ら消して回る人がいるんだよ。」
「は、はあ…。」
困惑する香苗の前に、真くんが紅茶を出してくれる。
「僕たちは通常、そういう人には手出ししないようにしているんだけどね。ひょっとしたことから、関わりを深めてしまうことがある。それで自分でどうにも回復できないと、さっきみたいになるんだよ。自分の心の光がくすむ感じっていうのかな。自分も気持ちが暗くなって、悪いエネルギーをもらうとでも言ったらいいのかな。」
「珍しいね。林さん。」
真くんが笑顔で答えた。
「ああ、今回はやられちゃったね。どうしても元気になってほしいっていう思いが強くなっちゃうと、その人に入れ込んじゃうんだな。彼らの心の中は真っ暗闇、それはそれは深いブラックホールのようになっていて、自分の心の中の光はもうないんだよね。あったとしても即座に吸い込まれて闇に消えてしまう。
時には周りの人の分まで丁寧に消して回り、ひどくなると僕たちの心の中にまで深く根を張るんだ。」
「彼らがやっかいなのは自分の心の中だけでは飽き足らず、周りの人たちの心の火も消して回る。人の夢をどうせかなわない、そんなことしても無駄だ、うまくいかないと暗い視点を植え付けたり、世の中の汚いことばかりを拾い上げて人の心に押し込んで来たりね。
次第にカウンセラーや、その人を励まし元気にしようとした方が、彼らにやられてしまうんだ。
今回はミイラとりがミイラになっちゃったな。すまんかったな、真。」
「いやあ、僕も何度かありますよ。
僕たちは世界から光を探そうとしているだけなのに、そんな僕たちが自分のために心に持っている光までも、全部丁寧に消して回るんですよね。」
「林さん。僕たちの仕事は、この世界の光を拾いあげることですよね。
相談者さんと一緒にこの世の光を見つけて、輝きを共有する。
この世界は生きる価値がある世界なんだって、そう感じてもらうことでしょう。
この世の中にもきれいな破片、景色はあります。それを一緒に見ましょうよ。
今回は早く対処できてよかったです。」
真くんの光が、林さんの心を浄化していた。