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【第10話:バトン】



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平日の昼下がり、妙子さんと真くんと一人の男性がロッジのソファでテーブルを囲んで談笑している。

妙子さんと同い年くらいの眼鏡の男性だ。

「いやあ、久しぶりに近くまできたもんだから。」

「それにしても、忙しいんでしょう、林くん。」

「そんなこともないけどね、僕は僕にできることをできる限りさせてもらうだけだよ。」

「そんなことあるでしょう。俺も林さんにはお世話になりっぱなしだからね。林さんがいなかったら今の俺はないよ。」

真くんが笑っている。

三人は昔話やら今の仕事の話やらを続けていた。

林さんは妙子さんの知り合いの霊能者だ。

霊能を生かしたヒーリングや鑑定、パワーストーンやお守りの販売などを仕事にしている。大企業に勤めていたが、この業界で生きていきたいと思い、仕事をやめ独立した。

「俺たちみたいな人はさ、人のことは見えても自分のことってあまりわからないでしょう。主観がまざっちゃうのかな。とたんに見えなくなるんだよね。だから俺は林さんに見てもらわないと、やっていけないね。」

「こんなこと普段は話さないけど、昔は大変だったじゃない。あの時だって俺は林さんに助けてもらったんだよ。」

普段は話さないけれど、と前おきして真くんが昔の話を始めた。

***

「真、行ってくるからな。」

「んー。んー…。」

父さんが仕事にいった。

朝か…。

昨日も夜中にずっと誰かが話しているような声が聞こえていた。

おかしくなりそうだ。

俺は、おかしくなったんだ、きっと精神疾患か何かだろう。

学校にいっても幻覚をみるし、勉強どころではない。

幻覚だけならまだしも、その幻覚が現実になることがある。

この間なんて。

夜に駅で電車を待っていたときのことだ。

ホームに来た男性の一人の背景が妙にくすんで見えた。そしてその背景の中から電車の音、キキーッ!と音を立てて止まろうとする電車、男性が自分から線路におりて電車にあたる映像が見えてきた。

なんだこれ、また幻覚か。いやなまやかしだな。また俺は変なことを想像して、と思っていた。

すると数秒後、それが現実となった。

すぐに係員が下りてきて処理をしていたように思うが実際の状況はよく覚えていない。

覚えているのは、その男性の体から黒い影が出てきて、周りをきょろきょろと振り返りながら、あたりを走って立ち去ったことだ。

ちょうど、ホテルの非常口を示す緑色の人型のような、人だけど人じゃないことがわかるような、そんな影だった。

最悪だ。

またくだらない幻覚だ。

それに、その人が亡くなったじゃないか。

俺は、人を不幸にしているのか…?

悪魔に取りつかれているんじゃないか…。

俺が関わった人は、不幸に見舞われるのか…?

そう思って家に帰り、俺はまた自分の部屋にこもった。

自分に起こっていることが理解できず、ただ頭の中で響く声を遮るように、毛布をかぶってじっとしていた。

***

コンコン…

誰かが俺の部屋のドアをノックする音だ。

ああ、また幻覚か。

父さんの再婚相手の妙子さんは1階にいるはずだし、父さんは仕事にいってるはずだ。

自分なりにこういう症状はインターネットでも調べてみたし、病院にも行ったけど、根本的には治らなかった。

病院では精神安定剤が処方された。

薬を飲んでいると、突発的にいらいらしたり、急に悲しい映像が頭に浮かんで泣きそうになったり、過食したりする症状が少しでも和らぐ気がして、藁にも縋る思いで内服していた。

この間は、町ですれ違った人の心の中がとっても汚く思えて、すれ違っただけなのに汚らわしく感じてイライラした。

同時に、なんで自分はすれ違っただけの人のことをこんな風に見裁いてしまうのだろうと自分に幻滅もした。

そういうときに薬があると、少しでも心のささえになるような気がした。

コンコン…!

なんだまた幻覚か、しつこいげんか…

「入ってもいい?」

「え…?」

誰かいるのか?本物…?

困惑する俺の前に一人の眼鏡をかけた男性が立っていた。

年は妙子さんと同い年くらいだろう。男性の後ろで妙子さんが心配そうに立っていた。

「林です。どうぞよろしく。」

…林さん…?

知らない人のはず…だ。

誰だろう、何しに来たんだろう、またおかしなことが起こらなければいいが。

俺と関わらない方がいいんじゃないか、不幸になるかもよ…。

など色々な感情が頭の中を渦巻いた。

林さんは俺が状況を理解できないうちに、俺の腕をとって部屋から連れ出した。

妙子さんに、毛布やシーツの洗濯やら窓をあけて空気を入れ替えて、お風呂を沸かしてなどせわしくお願いしていた。

林さんは俺を一階のリビングにうつして話始めた。

「君の症状はね、どうにも僕と一緒だなこれは。」

そして自信と光に満ちた目で俺をまっすぐに見て続けた。

「ははは、君はいずれ僕の商売敵になる子だ。」

…。

はあ…?商売敵?

何言っているんだこの人はいきなり現れて…。

***

「君は、人に見えないものが見えたり聞こえたり、時にはその人の心の中の出来事を感じ取ったことがあるでしょう。」

「自分ではどう認識しているかわからないけれど、君は人よりも霊感が強いんだよ。僕もその一人。もうこの年だからね、ここから完全になくなることはあまり期待できないね。だけどコントロールすることはできるから、うまく使えばそれも君の能力になるだろう。」

カーテンを閉め切った部屋から急に明るいリビングに連れ出され、目がちかちかしていた。

頭もグワングワンしていたし、正直何を話しているかわからなかった。

抵抗したり言い返す気力もなくて、なんとなくただ座って話を受け入れていた。

それから林さんはちょくちょくうちに来て、俺と話をして帰っていった。

特になにも求められない。

妙子さんのことを狙っているわけでもなさそうだ。

林さんのいうことは、よくわからない部分もあったけど、確かに俺を助けてくれた。

「君は人の過去や現在、未来を見たり、他の人が目で見ることが出来ない世界を見ることができるんだよ。僕もそうなんだけどね。

その力はここまでくると制御しないと生きにくいだろう。今は煩わしく感じているかもしれないけど、うまく使えばいいだけだから。」

林さんは俺が今まで悩まされていた出来事が何であったのか、どうすれば制御できるのかなど、上手に生きていける方法について教えてくれた。

言っていることは何となく腑に落ちたし、そういわれてみれば自覚のあることも多かった。

そしてなにより、「大丈夫だよ、僕もそうだから。」

これが俺の希望になっていった。

***

西日のささるロッジで、真くんが昔話を続けていた。

「あのとき俺は、少しずつだけど林さんのいうことを理解するようになっていったと思います。

初めは半信半疑だったけれど、体調は以前より明らかによくなっていっていたし、なにより、もうあの頃には戻りたくないという崖っぷち精神でしたからね。もう以前の状況以外ならどこにでも行ってしまおうと思えましたよ。

あの当時では考えられないけど、今では自分の能力をうまく使ってこんな仕事もできているしね。」

「ほらね、僕の言ったとおりだ。君は僕の商売敵になったよ。」

林さんが自信と期待に満ちた目で真くんを見ていった。

まるでそうなることがすでに決まっていて、初めから分かっていたかのようだった。

「妙子さん、覚えてる?あの日、林さんが初めてうちに来た日。あの後妙子さん、俺に占いのカードを1枚くれたでしょう。」

「あ、うん。そうだね、覚えてるよ。水雷屯(すいらいちゅん)。

あなたのことを考えながらメンテナンスしていたら飛び出してきたから。」

「そう、あれね。その通りになったね。」

真くんは天井をみあげた。

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