真くんには、霊感がある。
他の人の目には見えないものが見えたりするらしい。
私と真くんは同級生で昔から一緒にいたけど、私はそのことには気が付かなかった。
真くんも、別にそのことをみんなに言ったりしなかったと思う。
私たちは幼馴染で同級生だったけど、一緒に過ごしたのは中学生までで、大学は別々の道に進んだし、もちろん就職先も別だった。
香苗が就職して実家に帰ってきたことで、またこうやって会って話す機会が増えたのだ。
もちろん、実家でお母さんの「たまには真くんの手伝いも…」を聞くことが増えたのも影響するのだけれど。
真くんは、大学で医学部に行って医者になったけど、何年か働いて離職した。
医者自体も、もうやめた。
「なんだかいろいろあって疲れちゃって。それに、医者じゃなくても人を癒したり、心の病を軽くすることはできるからね。」
真くんはかつてそう言って笑っていた。
今は、父親が残したロッジを運営しながら、雑誌のコラムを書いたり、趣味の絵をかいたりして過ごしている。ハーブの栽培やアロマの調合が得意で、その分野について書き物や講演を依頼されることも多いらしい。
得意の霊感を生かして、ロッジにきた宿泊客の相談にのることも時々あるようだ。
***
「真く~ん。」
香苗は真くんが維持するロッジに久しぶりにやってきた。
この間ロッジに顔を出した際に借りていた本を返すためだ。
自分にも何か趣味をと思い、ロッジにあったハンドメイド刺繍の本を借りたがうまくできず、面白くなくなって、結局最後までやり遂げもしなかった。
今日は仕事が休みで、例のごとく昼過ぎまでゴロゴロしていたが、家でじっとしていてもいやなことばかり考えてしまいそうで、本を返す名目で外に出た。
このまま家でじっとしていると、太陽が沈むのと同時に自分の人生も終わってしまいそうな、そんな気持ちになっていた。
香苗がロッジにつくと、外はやや西日が傾きかけていた。
「入るよ~。」
香苗が声をかけロッジの中に入ると、そこにはすでにお客さんがいた。
色白で、身なりをきちんと整えた小ぎれいな女性が背筋をピンと伸ばして本棚の前に座っていた。
「あ、すみません、真くんは…。」
香苗は急に小声になって尋ねた。
「こんにちは。池川さんは今、外のハーブ園にいると思うよ。私は陽子。よろしくね。」
目の前の色白女性はにこっと私に向かって微笑みかけた。
年のころは30…いや35…?
きっと真くんよりは年上だろう。
「あ、わたし、本を返しに来ただけなので…。」
私が本を返そうとすると、陽子さんがその本を見て笑った。
「あはは、面白い。それ私が昔読んでここに寄付した本なのよ。その本、どうだった?」
陽子さんは私に微笑みかけた。
「なんというか…」
香苗ははばかりながら続けた。
「本、読んだんですけど。結局、私には無理っていうか、続かないっていうか。得意なことも見つけられないし、挑戦しても、私なんかにはうまくできないし…。」
「そう…。」
陽子さんは何か考えているような表情で黙ってしまった。
「すみません。私、陽子さんの本にこんなこと言って…。私、香苗っていいます。立花 香苗です。」
「いえ、いいのよ。香苗さん。」
「私もね、昔は自分に自信がなかったの。得意なこともなくて。だけど、ある人の影響でね、昔の音大時代の同級生だけどね、彼女には前向きになる手助けをしてもらったのよ。その本は、彼女と旅行に行ったときに一緒に買った本なの。」
「香苗さん、さっき私なんかって言ったでしょう。自分で自分を虐めることないわ。他に趣味が見つかるかもしれないじゃない。刺繍が出来なかったことよりも、本を気に入らなかったことよりも、あなたがさっき私なんかって、自分のことを卑下して可能性を狭めていたことの方が、問題だと思うな。」
私ははっとした。
自分で自分を…虐める?可能性…?
理解できそうでできない言葉が頭の中で渦巻いた。
カラン、コロン、カラン…
ロッジのドアが開くと、目の前には真くんが立っていた。
「あれ?女子二人で秘密の話?」
真くんはにこっと笑って汗を拭いた。
「ちなみにね、私も刺繍、ぜーんぜんできなかったのよ。」
陽子さんがコロコロと笑っていた。