「ね~おかあさ~ん、私の携帯見なかった~?」
香苗はウエストのところでねじれた寝間着と前髪が浮いた妙な寝ぐせで、ベッドの上で布団をかき分けながら尋ねた。
「知らない~、あなた社会人にもなってそんなことばかり言って。なんでもお母さんにきかないで。だいたいいま何時だと思ってるの?」
香苗は、枕の下から携帯電話を引きずり出し、ふと時計をみたら、午前11時。
(いいじゃない、休みの日だもん。休みの日くらいゆっくりしなくっちゃ。)
そう自分に言い聞かせ、重い足取りでとリビングに向かう。
「あなた休みの日だからって昼まで寝てないで、たまには、真(しん)くんのロッジにでも行って手伝ってあげたら?あの子、お父さんを亡くしてから、一人であそこ管理してるのよ。」
これはお母さんの口癖。
私の幼馴染の池川真くん。
真くんのお父さんとうちのお母さんは同級生だった。
真くんのお父さんは、真くんが成人した後、バイクの事故で亡くなっている。
真くんの管理するロッジは、香苗の家から車で30分の距離にあり、山道を進み森の中に入るものの車で行けば比較的近い距離であり、日当たりもよく開けた場所にあることから、お母さんはよく気にかけて見に行くよう促してくる。
(仕方ない、他にやることもないし久しぶりに様子でも見に行くか…。)
香苗は車のエンジンをかけた。
真くんのお父さんはもともと山登りや自然が好きで、山仲間と交流したり、週末家族で自然の中で過ごすために、このロッジを建てたのだ。
真くんはお父さんがなくなってから、休みが取れるときはロッジの管理のため森の中にいる。
香苗は、真くんにラインでメッセージを入れ、ロッジに向かって車を走らせた。
***
「はーい!いらっしゃい。」
ロッジについて車を止めると、いつにもましてまぶしい笑顔で真くんが迎えてくれた。
色白で中性的な顔立ち、見ていると心がすっとするような笑顔でこちらに向かって手を振っている。
育てているハーブに水をあげながら、真っ白な太陽の光の中で。
香苗は、さっきまで寝ぐせだらけで部屋にいた自分を恥じた。
「久しぶりじゃない。急に連絡くれたからどうしたのかと思っちゃった。」
嫌味のない透き通るような声。
香苗は寝起きでうまく声が出せないかもしれないと不安に思いながら咳払いをし、続けた。
「お母さんが、たまには手伝いに行きなさいって。はいこれ、お母さんから。」
「わあ、素敵。今日はお客さんいないんだ、上がってって。お昼まだだった?試食会、する?」
お母さんは真くんが喜ぶと知っていて、うちの庭で育てた花をいくつか持たせた。
私は持ってきた花を真くんに渡してロッジに入れてもらう。
カラン、コロン、カラン…
入口のドアベルが音をたて一呼吸、木の香りが鼻から抜け私を出迎えてくれる。
「ちょうど試作品、つくったところだったから。味が良ければ今度ここでも出そうと思ってる。」
真くんは手をタオルで拭きながらお昼ご飯の準備を始めた。
***
「ここは父親が残した場所でしょう。管理さえしていればまだまだ使えるし、ほら、父親の知り合いだった人が遊びに来たりもするから。それに、ここは町からそれほど離れてないとはいえ森の中でしょう。星もきれいに見えるし、宿泊希望のお客さんもたまにいるからね。色々な人に関われるのも楽しいし。自分が出来る限りは、開けておきたくて。」
真くんはそういって、ロッジへの思いを漏らした。
「どんな人がくるの?お客さん。」
「いろいろだよ、ここは散策コースの途中にあるから、泊まって明日もまた山にって人もいるし。単に星を見に来る人とか、あとは親父の知り合いが懐かしんできてくれたりとか、かな。あとは香苗。」
真くんは私の名前を呼びながら冗談っぽく笑っている。
「俺も、来てくれた人といろんな話をするのが好きだから。俺の知らない親父の話なんか聞いてると、懐かしい気持ちになったりもするしね。」
穏やかに笑う真くんを見ていると、私も気持ちが穏やかになって自然と頬が緩む。
(ああ、心地いいな。みんなきっと、こうやって癒されに、ここに来るのかもしれないな。)
香苗は食事の後片付けをしながら、そう感じた。