土曜日の朝、香苗は自分の部屋で動画配信を見ていた。
特にこれといってやることもなく、部屋で寝転びながら美容整形のチャンネルを見ていた。
(ふーん、こんな風になるんだ…。)
自分が整形をしようという気にはならなかったが、お勧めの動画に出てきたままに再生し、シリーズで連続再生されるのを眺めていた。
他になにかしようという気にもなれなくて、ただ動画で他人の整形の体験談などが流れるのを見ていた。
ピコン!
携帯にメールの通知が入る。
元カレだった。
ひらくとそこには写真付きで自分の日々の出来事をただ書き記したメッセージが展開された。
元カレは一人で京都へ旅行の最中のようだった。
メールには旅行の様子や自分の感じたことが、つらつらと記載されていた。
ただの自分日記のようなものだと思い億劫になったが、これといってやることもなかったためなんとなく懐かしい気もしてメールに返事をした。
『一人旅行は寂しいよ。誘ったら一緒に来てくれてたのかな~。』
相手はまんざらでもない様子でメッセージを送ってくる。
香苗はなんだかしんどくなって携帯を閉じた。
この人はいつもそうだ。
自分の都合で、人を振り回す。
今だって、自分の話ばかり、すべて自分のタイミングじゃないか。
そもそも付き合っていた時だって…と香苗は過去の出来事を思い出し始めていた。
徐々にイライラとして、自分の感情に呑み込まれそうになっていくのを感じていた。
だめだだめだ、またあいつのテンポに引き込まれそうになってる。
香苗はとっさに出かけることにした。
***
皮肉にも香苗の足はカフェリーベルに向いていた。
一人でも出かけられて気分を変えられる近くの場所と言えば、思い立ったのがここだった。
場所選びには失敗したような気がしつつも、香苗は中に入っていった。
チリンチリン…
カフェの扉があくと同時に暖色のライトが出迎えてくれる。
ほっと落ちつく感覚を体全体で感じる。
自分はこの感覚に会いに来ているのかもしれない、と香苗は感じていた。
ふと視線をむけた先にはマスターとカウンター越しにたったまま話す妙子さんの姿があった。
「あ、香苗ちゃん。」
「妙子…さん。」
驚きだ。
目の前には妙子さんが立っていた。
「久しぶりね。今日は一人?あの子、あっちにいるわよ。よかったら一緒にどう?」
見ると、太陽の光が差し込むテラス席に真くんが一人、座っていた。
香苗は、自分一人でぐずぐずしていても良くない気がして、居合わせた真くんと妙子さんと食事をすることにした。
***
「へえ、それで、その男性が。」
妙子さんは話を聞きながらうなづいてくれる。
「なんかわたし、疲れちゃって。いつも自分の都合で適当なことばっかりいって、結局大事にしないんですよね。それはわかっているはずなのに、連絡が来るとどうして返しちゃうのかな。そもそも、なんで引っ掛かっちゃったんだろうって。」
「ねえ、真くん。聞いてる?」
真くんは何も言わずにただ座っていた。
「え?あ。ああ。ごめん、違うとこみてた。」
(女同士の話には、入りづらいか…。)
香苗はそう思って水を一口のんだ。
「なんかその人、だらしないよね、女関係。なんていうか、今後も同じことを繰り返す人だね。」
真くんが口を開く。
彼の言っていることは的確だった。
いつも同じパターンを繰り返しているし、彼は女関係にはだらしがない。
香苗がわかれた理由もそれだったのだ。
「あ、うん、そうなの。よくわかるね…。」
「第三者だから、男の勘。」
「あ、うん。勘…。」
「人はみんな愛されたいものだからね、その気持ちは間違ってないんじゃない。」
「そうだけど…。なんであんなひどいことをされたのに、まだ連絡をとっちゃうのかな、どうして忘れたと思うのに、また…。」
「もし、その人のことを手放したいと思うなら。
その人を遠ざけようとするより、その人といる間の、自分が好きじゃないと感じる自分を手放すようにするといいんじゃないかな。例えばイライラしたり、彼に依存して連絡を待っちゃったりするしんどい自分だよね。それを手放すようにするといい。」
「へえ。あなたもそんなこというのね。」
妙子さんが感心した様子で真くんを見ていた。
香苗は、ただ真くんのいう言葉に耳を傾けていた。
***
家に帰ってきた香苗は真くんの言った言葉を反芻していた。
自分が好きでない自分を手放す、か…。
そういったら、香苗はここに到達するまでにも元カレから同じような扱いを受けていた。
あいつはいつもそうだ。
忘れたころに、立ち直ろうとしたころに自分本位な連絡がきて、気持ちをほのめかすようなことをいってもてあそぶのだ。
香苗はそのたびに彼を心の中から追い出そうとして、苦しんだ。
その答えが今日の真くんの言葉の中にある気がした。
香苗はそっと携帯を手にした。
自分が好きでない自分を手放す。
そう思うと自然と心が動いた。
香苗は携帯のメールを開く。
彼からまた何件も連絡が入っていた。
彼は、私のことが好きなんじゃない。
こういうときに、誰かに都合よくかまってもらうことが好きなだけだ。
私じゃない、自分のことが好きなのだ。
香苗は彼からの、唐突で気分屋なメールの嵐を一つずつ削除した。
最後に彼の連絡先も削除し、携帯を置いた。
自分は彼にいいように扱われ、振り回されるのは好きじゃない。
そう思って床についた。