朝はやく、真くんは神社の掃除に来ていた。
地域のコミュニティの関係で、ときおりボランティアで掃除に来ているのだ。
まだしんとした空気の中に、昇り始めた朝日が注ぐ。
時刻は早朝だ。
床をはく箒の音と、時折現れる早朝からの参拝者の足音だけが静かに響いていた。
「おはようございます。」
「おはようございます。今日もご苦労様。」
真くんは、時折現れる参拝者に挨拶をしながら掃除を続けていた。
「おはようございます。今日もきましたよ。」
真くんは、よく見る参拝者の一人に声をかけられた。
「おはようございます。ようこそお参りくださいました。」
「今日は妻の月命日なんですよ。」
「そうでしたか。あれは、ちょうど6年半ほど前でしたね。」
「ええ。僕は、あのとき妻の異変に気付いてあげられなかったんですよね。自分も仕事が忙しかった。せめてもの償いで今更の神頼みとでもいうんですかね。
時折、思い出してはここに来て、お祈りしていますよ。むこうでも元気にしてくれているといいんですけどね。なんせ、僕は妻がそんなことになっているなんて気が付かなかったから。」
「誰しも、そういうことはありますよね。精神的にまいることも。」
「精神的にきてるのかなとは思ったけれど、まあ一時的なものだろうと。まさかね。こんなことになるとは。こういうのって予測できないんですかね。」
「こういうことが起こるときというのは、なんていうのかな。精神的な波と、人生のバイオリズムが重なって起こる事が多いんですよ。
精神的にまいっちゃって、ということも理由としてはあるんでしょうけれど、それだけではないはずです。
自殺や、事故なんかもある意味そういうところがありますが、精神的に思いつめた結果や憑依的なものにプラスして、人生においてそういうことが起こりやすい時期というものがあるんですよ。彼女にはそれが重なったのかもしれませんね。変動しうる精神的な波と、抗えない人生の流れ、大きく決まっている時期的なものが重なったときに、こういうことが起きやすいんです。」
「そうですか。妻はここが好きでしたからね。ここに来ると少しでも妻を近くに感じられる気がしますよ。」
真くんは、参拝者が帰った後の誰もいない神社を、静かに掃除しつづけていた。