カラン、コロン、カラン…
「こんにちはー。」
香苗がロッジのドアを開けて中に入ると、妙子さんがテーブルにパソコンを置いて作業をしていた。
パソコンに向かって文章を打ち込んでいる。
真くんは、キッチンの奥側に座り頬杖をついていた。
「ああ、いらっしゃい。」
真くんは香苗に気づいて立ち上がると飲み物を出してくれようとした。
「あ、今日は借りてた本を返しに来ただけなんだ。そんなに長くはいないから大丈夫だよ。」
香苗がそういうと、妙子さんが口をついた。
「そんなこと言わないで、もう少しいてあげて。この子今日は気が抜けたみたいにずっとそこに座ってぼーっとしてるのよ。何があったのか知らないけど。」
「そんなことない、別になんでもないから。ちょっと考え事をしてただけ。」
真くんはそう言って、香苗にローズヒップティーを出してくれた。
濃いバラ色がお湯の中にしみ出して、カップ全体をゆっくりと深紅に染めていた。
真くんはお茶を入れ終わると、またキッチンの奥に座り頬杖をついて遠くを眺めていた。
(悪い時にきちゃったかな…。)
そう思って香苗が本を本棚にしまっていると、妙子さんがパソコンを閉じて香苗に言った。
「香苗ちゃん、ちょっと外を散歩しない?ちょうど仕事もひと段落ついたし。」
「あ、ああ。じゃあ。」
そういって妙子さんと香苗は外に散歩に出かけることにした。
香苗は、なんだか外に出てみたいような気もして妙子さんについていった。
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「ここね、いいところでしょう。森の中にあるんだけど散歩もできてね。自然も感じられるし、そこまで暑くない。ここを歩いているとなんだか気持ちもすっきりするわよね。」
「そうですね、私もここを歩くの好きです。真くんもそういっていました。」
「へえ、あの子も。」
妙子さんはそう言って歩き続けた。
「あの子ね、なんだか知らないけど、この間からぼーっとしちゃってね。何をするでもない、仕事はするんだけどそれ以外の時間は気が抜けたようにずっとあそこにいるのよ。もう息が詰まっちゃって。」
「なにか、あったんですか?」
「知らない。知らないけど、色々なことがあるんでしょう。時間が必要ってこともあるわよね。きっと。」
「そう、ですね。」
香苗は真くんのことが少し気になったが、妙子さんにもわからない以上どうすることもできないと思った。
どうにかしてあげたい気もしたが、どうにもできない気もした。
香苗と妙子さんは森の中を散歩しながら、最近の香苗の生活のことや、妙子さんの仕事のこと、真くんの生活のことなど色々な話をした。
***
カラン、コロン、カラン…
1時間ほど森の中を散策してロッジに帰ってきた香苗は、ローズヒップティーの残りを飲み干した。
カップの淵には深紅の跡が残っていた。
真っ白のカップに、紅い染みや線が乾いてこびりついていた。
真くんは、自分のいる場所をキッチンから移動して、ロッジの中でただ横になっている。
西日が真くんの背中に刺さっていた。
妙子さんが、ロッジの庭から真くんの干した洗濯物を取り入れて戻ってきた。
妙子さんは部屋に入ってくると、まだ太陽の光を吸って暖かい洗濯物を仕分けしてたたみ始めた。
香苗はカップをお湯につけ、そこから深紅の跡がゆっくりと溶け出すのをただ眺めていた。
すぐには落ちないこびりついた色味が、お湯につけて柔らかくすることで徐々に溶け出すのを感じていた。
妙子さんは洗濯物と真くんを交互に見つめている。
時々洗濯物にいぶかしげな表情をむけ、首をかしげながら作業を続けていた。